Kaitaful Days.

INTERVIEW

移住者・佐々木さん

「派手な観光地じゃなくていい。」 ここは、どこよりも人が大事にされる街。

海田町が歩んできた50周年、60周年、そして今回の70周年——。 結婚を機に香川県から海田町へ移住した、佐々木さん。現在はお子さんの都合で一時的に県外にも拠点を置いていますが、海田町にも住まいを残し、定期的に帰省しながらこの街の変化を客観的に見つめ続けています。 移住者としての新鮮な視点を持ちながら、現在は地域の伝統的な郷土料理「海田さつま」の継承活動にも深く携わっています。

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「この10年で、街の約束がカタチになった」——60周年から70周年へ、前を向いて進む街

私は今年で海田町に移り住んで20年になります。50周年、60周年、そして今回の70周年という街の節目を、ずっとここで過ごしてきました。

実は10年前の「町制60周年」のイベントにも参加したんです。当時は今の駅前スーパーの場所がまだ空き地で、そこで賑やかに料理コンテストが行われていたのをよく覚えています。「あれからもう10年も経ったんだな」と、70周年の節目を迎えて感慨深いですね。

この10年間を振り返ると、海田町は本当にポジティブに、スムーズに動き出したなと感じます。長年、着工が待たれていた東広島・安芸バイパスが開通したり、新しく綺麗な町役場へ移転が進んだり。駅前のロータリーや周辺道路も一気に整備されましたよね。 世の中の多くの地域が少子高齢化で寂れていくと言われる中で、海田町は60周年の頃よりも確実に整備が進んで、さらに住みやすくなっている。公的な計画や街の約束が、こうしてきちんと実行されて便利になっていく姿を見て、すごく前向きなエネルギーを感じています。「まだ全国的には知られていないけれど、本当に良い街になったな」と実感しています。

驚いたのは「広島駅まで10分」の近さ。サイズ感がちょうどいい、誇れるベッドタウン

私は香川県出身で、結婚を機に海田町へやってきました。住み始めて最初に驚いたのは、想像以上のアクセスの良さです。JRを使えば、広島駅までわずか10分。広島市のベッドタウンとして、これほどフットワーク軽く動ける場所があるんだ!と感動しました。

生活のあらゆる機能がギュッとコンパクトに詰まっていて、生活サイズが本当に「ちょうどいい」んです。 ただ、お買い物に関してちょっとした生活者の本音を言うなら、最近は町内で靴下や子どもの下着といった、ちょっとした衣料品を買えるお店が減ってしまったことかな(笑)。府中町や船越方面まで少し足を伸ばす必要はあるけれど、それを差し引いても暮らしやすさは抜群です。お隣の府中町が注目されがちですが、実際に暮らしてみての満足度は、海田も絶対に負けていませんね!

実はちょっと「ラテン」な気質!? 人が好きでフレンドリーな海田の人たち

移住してきた当初、もうひとつ驚いたのが「人の温かさ」です。これは広島県全体の気質でもあるのかもしれませんが、義理の母をはじめ、ご近所の方々がものすごく明るくて気さくに私を受け入れてくれたんです。親戚の集まりに顔を出しても、みんな本当に陽気でワイワイと賑やか。「海田の人って、実はすごく人が好きで、どこかラテン的な明るい気質があるんじゃないかな」って思ったほどです(笑)。そのおかげで、よそ者だった私もすぐに街に打ち解けることができました。海田町の最大の魅力は、派手な観光資源というよりも、この「住民の人柄の良さとフレンドリーさ」にありますよね。

地域のつながりで言えば、私の住む窪町では、今でも年に2回、10〜20人もの住民が集まって「火の用心」の夜警(夜回り)を行っているんです。普通、こういう夜警って「当番が1人か2人で義務的に回る」という地域が多いじゃないですか。でも海田は違いました。気づけば子ども連れも含めて大人数になって、みんなでワイワイと温かい雰囲気で街を回る。歴史ある自治会組織が今もしっかりと機能していて、世代を超えた地域のつながりが生きている。これは他の街に誇れる、海田の宝物だと思います。

地域の温かいコミュニティ

ブラジル料理の出店も!多様な文化が混ざり合う、国際色豊かな一面

もうひとつ、長く住んでいるからこそ感じる海田町の特徴は、実は「国際色が豊か」という点です。街の中で南米出身の方など、外国人の住民の姿を見かけることがよくあります。 コロナ禍の時期は一時的に減ってしまった印象もありましたが、最近はまた人の出入りが増えて、街が多様化しているのを感じます。

秋の町民まつりなどのイベントに行くと、ブラジル料理をはじめとした多国籍なグルメの出店が並んだりして、これがまたすごく新鮮で楽しいです。昔ながらの古き良き日本の地域コミュニティが残りつつも、新しい海外の文化や新しい住人を自然と受け入れている。この懐の深さも、海田町らしい温かさですね。最近は新しいカフェなども少しずつ増えていて、街に新しい風が吹いているのを感じます。

大人の目が行き届く、綺麗で豊かな子育ての遊び場

子育て環境の面でも、海田町は本当に恵まれていますよね。街のサイズに対して、海田総合公園やキャンプ場、野球グラウンドが2面もあったり、瀬野川沿いの広場が整備されていたりと、子どもたちがのびのびと身体を動かせる場所がたくさんあります。海田小学校のグラウンドや町内各所の公園など、子どもたちの遊び場がどこも綺麗に維持されています。地域の大人の目が行き届いているからこそ、安心して子どもを遊ばせることができる。

のびのび遊べる自然環境

瀬野川の教訓を胸に。美しい自然と共にあるからこその防災意識

自然が身近で美しいからこそ、私たちが忘れてはならないのが「災害への備え」です。どうしても記憶に新しいのが、あの西日本豪雨。あの時、すぐ側を流れる瀬野川は、あと2〜3メートルで水が溢れ出す(越水する)という本当に緊迫した状態でした。一部では道路の損壊も発生しました。

あの美しい川が牙を向いた瞬間の怖さを知っているからこそ、これからの街づくりには、さらなる治水や防災対策の強化が欠かせません。自然の豊かさを楽しむ一方で、住民が「ここなら絶対に安心して暮らせる」と思える強靭なインフラを、これからも行政と住民が一丸となって整えていくことが大切だと感じています。

歴史ロマンが詰まった郷土の味。「海田さつま」を現代へ、そして未来へ繋ぐ

郷土料理「海田さつま」の継承です。 「さつま」という名前ですが、愛媛や宮崎など、瀬戸内から九州の沿岸地域に広く伝わる魚とみそを使った伝統料理(地域や家庭によってはごまなども入ります)で、海田町にも古くから根付いています。見た目は少し地味かもしれませんが、一口食べると口いっぱいに香ばしい風味が広がって、本当に美味しいんですよ。

けれど、すり鉢で丁寧に魚の身と調味料をすり合わせるなど、調理工程のハードルが少し高いため、残念ながら今の家庭では廃れつつあります。このまま途絶えさせてしまうのはあまりにも勿体ない。愛媛など沿岸各地にある類似の料理との繋がりを考えると、歴史的なロマンも感じられます。今の時代に合わせた「調理法の現代化(アレンジ)」を取り入れながら、若い世代や新しく移住してきた方々にも、この歴史が詰まった海田の味を伝えていきたい。それが私の今のミッションだと思っています。

郷土料理「海田さつま」の継承

100周年に向けて、海田町が目指すべき「人を大事にするまち」

私は今、子どもの進学の都合で一時的に県外で暮らしていますが、海田町に家を残していて、頻繁に帰ってきています。一度少し離れてこの街を客観的に見ることで、「やっぱり海田って良い街だな、落ち着くな」と、その魅力がより鮮明に分かるようになりました。30年後の100周年に向けても、この居心地の良さがずっと続いてほしいですね。

100周年の未来に向けて、特に力を入れたいのは、増えていく高齢者の方々への支援です。今あるコミュニティ循環バスなどの移動支援をさらに維持・強化して、誰一人として街の中で取りこぼされない仕組みを作りたい。 それと同時に、今のシルバー人材センターなどの年齢制限の枠を超えて、「まだまだ元気で、地域のために何かしたい!」と思っているアクティブなシニアの方々が、生きがいを持って活躍できる『受け皿』をもっと増やしていきたいですね。元気なのに年齢の壁で動けないのは勿体ないですから。

もし、私が海田町の町長なら、公約はシンプルに「人を大事にするまち」を掲げますね!派手な観光地を目指す必要はありません。ここに住む人たちが、お互いにフレンドリーに声を掛け合い、子どもからお年寄り、そして海外から来た人まで、全員が毎日を笑顔で、安全に楽しく暮らせる街。70周年を迎えた海田町が、次の100周年に向けて進むべき道は、そんな「内側の温かさをどこまでも磨き続けること」だと信じています。

人を大事にする温かい街づくり

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